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初めての一人暮らしは中野のハードコアなアパートだった|藤原麻里菜の一人暮らし大地獄#01

2017/09/20

藤原麻里菜のひとりぐらし大地獄

よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属しながら、YouTubeで「無駄づくり」チャンネルを運営し、自作の面白い工作や発明の動画投稿が人気の藤原麻里菜さん。
本シリーズでは初めて一人暮らしをスタートした際のボロアパートで起こった面白エピソードを語って頂きます。(いえーる すみかる編集部)

引っ越しの決意

2年ほど前、私は21年間住み続けていた実家を出る決意をした。

私は、横浜の外れで生まれ育った。
当時の私は、ユーチューバーとして動画を投稿したりブログを書いたりして日銭を稼いでいた。体良く言えば、クリエイター。ふたを開けて見ると、ただのフリーターだ。

実家を出るというのは、かなりの覚悟が必要だと思う。冷蔵庫を開ければ何かしら入っているし、電気代や水道代を特に気にしたこともなかった。自分の部屋もあったし、新宿まで電車を使って1本で行けるので、交通の便が悪い訳でもない。

それでも、私は実家を出るという決意をした。一人暮らしができるだけの稼ぎになった訳でもなく、「このままここにいたらダメだ」と思い立った訳でもない。ただ、一人暮らしをしている人に言われる「実家暮らしが一番いいよね」という、さも全てを分かったかのようなセリフが腹立たしかったからだ。

不動産屋に行く

私の人生の原動力は、憎悪からなる。怒りこそパワー。パワーこそ怒り。そうと決まれば、物件探しだ。

しかし、東京a.k.a冷凍都市に引っ越すので、とても不安である。場所は、知り合いが多く住む中野にすることにした。新宿から電車で10分程度の場所だ。大きな商店街もあり、栄えているわりには、比較的家賃の平均も安い。貧乏な私には持ってこいの場所だった。

インターネットで自分の希望を不動産屋に送り、いくつか候補をもらって、内見に行くことになった。不動産屋と二人で内見するのは、私の社交性を考えるとなかなか難しく感じたので、中野に5年ほど住んでいる知人についてきてもらうことになった。

不動産屋に行くと、内見の前に、またいくつかの物件情報を教えてくれた。「広いですけど、お風呂が汚いですね」「5階でエレベーターなしはちょっと」など、末っ子特有のワガママさを露呈し続けたところ、「じゃあここはどうですか」ともう一つの物件情報を提示された。

キッチン4畳、寝室が7畳。築年数はかなりのもの。ボロボロのアパート。お風呂はユニットバス。1階は大家さんが住んでいて、2階に3部屋。収納はかなり大きい。家賃は、6.2万円。礼金なし、敷金は3万円。

諸条件をふむふむと読みながら、内装の写真に目を通す。

なぜかキッチンにソファが置いてある。どういう状況だ?
「あ、これは広さアピールで、実際には付いてこないので安心してください」
広さアピールでソファを置く? ちょっとこの大家さんとは感性が合わないですね。 そう思っていたところ、ついてきた知人が初めて発言した「いいじゃん」と。

いいのか? 私は、物件探しが初めてだし、確かに、何が良いのか何が悪いのか分からなかった。一人暮らし歴が長い知人が「いいじゃん」と言うのであれば、それは良いということなのであろう。そう思い、内見に行った。

内見に行く

写真で見たよりもずっとボロボロのアパートがそこにはあった。「これはダリの作品でしょうか?」というような造形物だった。横から見ると、テトリスのアレだった。

▲テトリスのアレ


部屋の主要部分である7畳の寝室部分が大胆にせり出しており、それを空洞のパイプ3本で支えてある。「いいじゃん」また知人が言った。

お前は、いいじゃんbotなのか? 

しかし、中は築年数をあまり感じさせずに綺麗にされており、キッチンも広い。物も沢山置けそうだし、周りにスーパーや飲食店も多い。「ここにしなよ」知人がいいじゃん以外の言葉を発したので、この物件に決めた。

引っ越し

物件が決まれば、次は引っ越しだ。横浜から東京までの引っ越しは、業者に頼むとかなりの出費となる。知り合いで引っ越しのバイトをしたことある人がいたので、その人に格安で頼むこととした。建築などにも明るい人だった

知人の運転が荒く、何度か死を覚悟したが、アパートに無事到着した。

ようし、これから新生活だ!

そう意気込んで荷物を運ぼうとしたところ、知人がアパートをまじまじと見て、

「なかなか、ハードコアですね」。

建物を見てハードコアという言葉が出てくるセンスに感動したが、ハードコアか。そうか、ハードコアね。まあとりあえず荷物を運ぼう。

「いや、どうやって支えているんですかこの建物は」
「空洞のパイプですね」
「申し訳ないけど、死にたくないので中には入りません。荷物は玄関に全部置いておきます」。

逃げるようにハイエースで去って行き、私は一人で荷ほどきを開始した。

一人暮らし初めての夜

家具を組み立て、家電を設置し、まだ段ボールの山は少しあるものの、暮らせる部屋になった。
昔から、やりたいことしかやらない人間だった。高校を卒業してからも、進学や就職は選ばずに、自分のやりたいことをやってきた。まだ稼ぎにはなっていないけれど、いつか自分の才能が認められて、不自由ない生活ができるはずだ。そう、まずはここから。この中野のボロアパートから始まるのだ。窓から差す夕日に染まる7畳の部屋。「頑張るしかない」そんなことを考えていた。

ピンポーン

家のチャイムが鳴った。荷物は全て受け取ったはずだが、何だろうか? 玄関のドアを開けると、そこには大家さんが立っていた。この家の大家さんは、80代後半の女性で、いつも口をもぐもぐさせている方だ。

「あっ引っ越し終わりました。これからよろしくお願いいたします」「よろしくねえ」テンプレートの会話から発展して、同じアパートに居住している方の話になった。

「隣の部屋は、女性でスポーツジムのインストラクターらしいわよ。その隣は男性だけど、何やっているかは分からないわ」なるほど。ご近所トラブルを恐れていたのだが、スポーツのインストラクターに悪い人はいないだろう。「ちなみに、この部屋の前住んでいた人ってどんな人だったんですか?」何気ない質問をした。

「ああ……」
大家さんの顔が少し曇った。まさか、事故物件だったりしないだろうか。一抹の不安がよぎったが、大家さんが続ける。

「大学生だったんだけど、就職に失敗して、そのまま引きこもりになっちゃったのよ。それで、親が無理やり実家に連れて帰ったのよね」

何かヤダ。これから頑張って行くぞと思っていたところに、このエピソードをぶっこまないで欲しかった。

ドンドンドン
ドンドンドン

呆然と立ちすくんでいると、打音と共に規則正しく家が揺れた。
「祭りでもあるんですか?」そう聞くと、「いや、これは隣の家の喧嘩の音ね」。祭りかと思ったら、隣接している一軒家の喧嘩の音らしい。耳を澄ませると、「ふざけんな」などの罵詈雑言も聞こえる。警察を呼ぼうかと相談したところ、「いや、あの人は昔からそうなのよ」そう言われた。

大家が帰り、布団を敷いた。喧嘩はまだ続いている。揺れをゆりかごのように感じて心地よくなるはず。
そう自分を納得させて一人暮らし1日目は終わった。まだまだ地獄は続く…

文・挿絵:藤原麻里菜/イラスト:ざきよしちゃん

藤原麻里菜

藤原麻里菜
よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。1993年7月20日生まれ。神奈川県出身。
2013年から、YouTubeチャンネル『無駄づくり』を開始し、無駄なものを作り続ける。
現在、チャンネル登録者数は5万人を超え、総再生回数は1000万回以上になり、テレビを始めとする様々なメディアに取り上げられている。
2015年夏には、東京都墨田区「あをば荘」にて初個展「無駄な部屋」を開催。2016年には、Google社が主催しているYouTubeNextUpに入賞する。また、アドテック東京2016にスピーカーとして登壇した。
また、ライターとしても活動しており、第三回オモコロ杯未来賞、週刊SPA!「今読むべきブログ21選」、おもしろ記事大賞佳作などの評価を受けている。でも、ガールズバーの面接に行ったら「帰れ」と言われた。

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